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日報

 

・目が重い。寝不足ということでもなく、かゆみで重い。花粉かエアコンの汚れのせいかとも思ったが、聞くところによると黄砂のせいじゃないかということらしい。まじすか。黄砂ねぇ〜。黄砂かぁ〜。どうすればいいんだろうか。肌が荒れまくってるのも、黄砂が原因かもしれない。マスクしよ。

 

・今朝、準備を速攻で終わらせてお絵描きに勤しんだ。その際、Youtubeで『スマホで朝生』を流していたら、AI論議がテーマだった。

 

人工知能が騒がれているけれど、よくわかっていない。AIに詳しい著名人に言わせれば、大抵の場合「騒がれてるけどみんなよくわかっていない」そうだ。自分もその中の一人であることは間違いない。

 

・ただ、世の中の仕事が人工知能に取って代われるというのは結構本当らしく、とはいえ騒がれているように「人工知能が人間の仕事を奪う!」というヒステリーなものではなく、実際は「人がやらなくていい仕事をやってもらえるようになる」といったものらしいが。

 

・もともと人間が個別でやっていたあらゆる処理、教育、技術の習得などを全世界で蓄積して、ガンガン処理させよう、ということなのかな。とはいえ、インターネットの登場で、すでに人間同士があらゆることガシガシ共有するようになってるので、それを最適化しようぜってことなのかもしれない。そこに AIがガンガン入ってくる、みたいな話もあった。

 

・個人的には早いとこクソくだらない仕事から人間を解放して欲しいんだけど、余計な感情によって政策上すぐにそういう風にシフトするわけではないんだろうなとも思う。技術的には可能でも、いきなり全部の仕事がなくなるといったら、みんな不安になるだろうな。BIについてもよくわかってないが、なんかそういう仕組みで最低限の生活が保障されるようになってほしい。そうすりゃ誰もクソみたいな仕事しなくてよくなる。

 

・ここまで書いてみて、俺の教養レベルでは、まだ SFみたいな話しかできないなと感じた。それはこの先で書くことも同様に。

 

・昨今では「こんな仕事が 人工知能に取って代われます」なんて話をよく耳にする。無人レジはもう導入したとかなんとかで、接客業はまずいらなくなるよな。配送業も、自動運転とかドローンとかで大幅に減って欲しい。それから、事務仕事。事務ほど機械にやってもらったほうがいい仕事もなさそう。人工知能は大量のデータと統計と処理みたいなことが得意なんじゃないかと勝手に思ってる。

 

・それから工場系の仕事。母がよくピッキング系のパートをやっているのでそういう話を聞かされるのだが、お金のある会社の工場が新しいシステムを導入しまくってて面白いらしい。肉体労働の部分を機械がやるから、あとは華奢な女性でも高齢者でもできる部分だけ人間の仕事があるらしい。

 

・それから、思いのほか芸術分野でも人工知能で十分になると思う。音楽は理論があるし、絵だってなんかよくわからんけどアルゴリズムがあるみたいで自動で描いてくれるし。それも、プロ並みか、それ以上かのクオリティかで。

 

・じゃあ、もう芸術分野でも何やっても無駄じゃんと思うんだけど、そうでもないような気はしている。

 

・この間、通っている DTM教室の先生がさらっと「商業でやっていくのか、表現者としてやっていくのかみたいなこともあるけど」と言ったことがあった。ということは、商業分野は機械、表現分野は人間、ということになるんじゃないかと思った。

 

・さて、もうじゃあぶっちゃけ人工知能にできない仕事なんてないんじゃないか? と思った時に、これから人間が何をやるんだろうなと考えてみたら、人間にしかできないかもしれないことが浮かんだ。

 

・「欲すること」は人間にしかできないように思う。「何がしたいか」。

 

・生きる上で必要な営みは全部やってもらえるようになったとする。掃除はルンバがやって、外出中の猫の餌やりもルンバがやってくれて、脱いだ服はそのまま突っ込んでおけば洗濯と乾燥まで一気にやってくれて、あるいはたたんでおいてくれて。

 

・そういう風に、生きることを楽にしてくれるモノは、今はまだ欲しいんだけど、この先、一通りの生活用具が揃って、誰がやっても同じことを肩代わりしてなんでもやってくれるようになったら、実は僕らは欲しいものがわからなくなるんじゃないかと思った。

 

・「何が欲しいか」がわからないという状況が、この未来、たくさんの人に起こるとしたら、それはかなり恐怖だと思う。

 

・「人類にとって最大の悩みが、『ありあまる時間をどうするか』になっていく」という話もあるぐらいだ。

 

 

・どんなことも、現在の「仕事」という意味では通用しなくなるのなら、「それ自体が喜び」「使命」と思って没頭できること以外やるべきではないような気がする。

 

・「会う喜び」「話す喜び」「知る喜び」「歌う喜び」。パッと浮かぶのはこんなもんだろうか。

 

・それでも、「仕事」という面で考えると、たとえばアイドルだって二次元でもよくなってくるし、生身の人間じゃないといけないことっていうのは、それはもう「趣味」「価値観」でしかなくなるのかもしれない。

 

・ということは、「仕事」というよりかは「遊び」なのだろうか。

 

・いずれにしても、「何が欲しいか」「何が喜びなのか」ということを今から徹底的に考えておこうと思っている。

 

・それはかつての人たちが「将来お金に困らないように生活しよう」という意識を抱えて生きていたのと同じようなものだと思う。

 

・「将来、自分の欲するもの(あるいは喜びそのもの)がわからなくならないように生活しよう」という感じだ。こうやって書くとスピってそうだけど。

 

・思えば、欲望だらけだった時代でも、欲しいのは車自体だったのか、もしかしたら良い車を持っていることで得られる何かしらの効果だったりしないだろうか。もしそれが車なしで手に入るようになれば、車そのものが好きな人だけが車を買うようになる。

 

・そうやって、とことん好きなことや「欲するもの」にフォーカスされていくんじゃないかと思う。

 

・それは多分、コミュニティにおいても同じことが起きるような気がする。

 

・とはいえ、好きなものしか目に入らなくなると、次の好きなものを探すのかな そしたら好きなものが増えて あげくみんなのこと好きになれたりしないかな。

 

・「味があるなぁ」とかなんとか言って。